戦国時代

加藤清正が建てた名城「熊本城」が好きな11の理由

桜と熊本城

普段、藤堂高虎のことばかり書いている私ですが、実は熊本城が大好きだったりします。
私の住んでいる所から熊本城は日帰りで行けることもあり、年に一度は必ず行っています。
そんな私が、熊本城の大好きなところを紹介します。

(本記事で使用している写真の一部は、熊本地震前のものです)

何と言っても、でかい!!!

熊本城の塀
敷地内のほんの一部。広大な敷地です。

細川家が熊本城に入った時、「江戸城に匹敵する」と言ったほどの大きさです。

当時の江戸城は、徳川家光の時代。まさに天下人の城だったわけです。
そしてその縄張りは今もよく残っています。

私は初めて見たとき、その大きさに圧倒されました。
それまで私が見た城は、府内城、松江城、二条城、大阪城などでしたが、(大阪城は少し記憶があやふやですが)それに負けない、いや、比べ物にならないほど大きくて立派だと思いました。

私は熊本市内に詳しいわけではありませんが、どこからでも目立つその大きな城を見て
「私は熊本に来た」
と実感するほどでした。

黒いお城はとにかくかっこいい

熊本城

黒い漆塗りの壁は、豊臣方の武将の特徴だとも言われます。
(反対に、城壁は徳川の特徴であると聞いた事があります。藤堂高虎の城は白壁ですね。)

正直な所、黒壁、めちゃくちゃかっこいいですよね…
それだけで「戦さの城」「強い城」という感じがします。
そしてそのフォルムは「質実剛健」という言葉がとても似合います。
私はこの言葉、熊本城のためにあるのではないかと思うくらいです。

「武者返し」の石垣が美しい

熊本城の武者返し

「清正は反り、高虎は高さ」
二人の石垣にはそんな特徴があります。

武者返しと呼ばれる清正の石垣。それは一見、なんだか登れそうな気がする石垣です。
でも登るにつれてほぼ垂直になり、登れなくなります。

でも、忍者なら登れそうですよね?
しかし櫓の場合、さらにその上には「忍び返し」という仕掛けがあるんです。

そうして敵の侵入を防ぐわけですが、しかしこの反った石垣、どうやって建てたのでしょうね。
なんだか凄く不思議です。どんな計算だったのだろう…

宇土櫓に入れば戦国時代にタイムスリップできる

熊本城の宇土櫓

熊本城の中には、宇土櫓と呼ばれる櫓があります。
この櫓は再建ではない…つまり、建てた当時のまま残っているようです。
そしてこの櫓、地震の前は中に入ることもできました。

想像してみてください。
靴を脱いで宇土櫓に入った途端、薄暗い室内。木の廊下、冷たい風。
「私は今、400年前の戦国時代にいる」
そう思えるような室内なのです。

宇土櫓の内部

特に良かったのは、ここは知る人ぞ知るという感じなので、私が行ったときは人が少なかったのです。
みんな天守には行くのですが、ここにはあまり来ないみたい。
だから尚更、迫力が出るのです。


忍者が隠れることができる天井。ゲーム「仁王」でも、こんな場所から敵が襲ってきます。

恐ろしい地下通路、そして美しい本丸御殿!

本丸御殿の下は地下通路になっています。
「闇(くらが)り通路」と言います。

ここを通らないと、天守にも本丸御殿にも行けません。

戦国時代、もしここを足軽たちが通ったとしたら…?
たくさんの仕掛けで殺されたことでしょうね…忍者もたくさん潜ませることができたでしょう。

しかしここを抜けると、この上には天守の他に…

熊本城の本丸御殿
昭君之間
昭君之間の天井絵

本丸御殿です!!

こちらは再建ですが、その美しさと言ったら!
素晴らしいです。

写真を見てもらえればわかりますが、きらびやかな襖絵、天井も素晴らしい。

「昭君之間(しょうくんのま)」と呼ばれる場所ですが、実はここは「将軍の間(しょうぐんのま)」だったのではないかと言われています。
そしてその将軍とは、豊臣秀頼だったのではないか、とも。

加藤清正の人生を思いながら、その気持ちを想像して見るのも良いでしょうね。

儚さと強さの融合!春にはお花見もできる

桜と熊本城

熊本城にはたくさんの桜が植えられています。
つまり、お花見ができます!
桜と石垣の融合は本当にロマンチック。
こんな時はあえて天守に登らない、というのも良いですよ〜


桜が落ちた石垣。完璧な美しさ。

加藤清正という武将自身が、とても魅力的

加藤清正

贔屓目だと言われても言います。
熊本城を建てた加藤清正、その人自身がすでに魅力的なんです。

魅力的エピソードは多々ありますが、よく知らない!という人は

  • 城作りの名手
  • 文武両道
  • 石田三成との複雑な関係
  • 小西行長とは犬猿の仲
  • 片鎌槍というちょっと変わった武器を操る
  • 熱心な仏教徒
  • 朝鮮出兵では日本最強の武将だと言われていた
  • 徳川家康に暗殺された可能性がある
  • 今でも熊本県民に愛されている

という部分だけでも押さえておくと良いかもしれません。

一時期、東京にある「清正井」が有名になりましたよね?
あの清正さんですよ!

熊本の人の城への愛が素晴らしい


たまたま居合わせたスタッフさんが見せてくれた、熊本城の隠し階段。

私が初めて行った時、まだ熊本に地震は起こっていませんでした。
その時ですら、熊本の人たちの「城への愛」をよく感じていました。

熊本城のスタッフの人たちの溢れ出る「城愛」に、私はなんて素敵なのかしら、と思ったものです。
観光地のスタッフだから当然じゃ?と冷めた目で見る人もいるかもしれません。
でも私は素直にこう感じました。

「こんなに立派な城が地元にある、そしてそろを誇らしく思っている。そんな熊本の人たちが心底羨ましい」

一時は本気で熊本に引っ越そうかと考えていました。
それほど熊本の人たちの態度、そして城への愛に感動したのです。

今は地震があって、熊本城も大変です。
「こっちは通れないんですよ。ごめんなさいね」
と案内してくれる人が言う度に、私は思いました。

「だけどこの城は、絶対復活するだろうな」って。

神社も併設「加藤神社」

お城の敷地内には神社もあります!
その名も「加藤神社」。
清正さんを祀っています。

この神社の敷地内からは、天守も良く見えます。
「武将おみくじ」もあって、誰が当たるかワクワク!
その時は私は池田輝政さんが当たりました。
あの、姫路城を建てた方ですね!
「二条城の会見」でも、藤堂高虎や加藤清正と一緒に出席していました。

築城の名手と呼ばれる事はあまりありませんが、それでも素晴らしい城を残した人。
その方と熊本城のおみくじで出会えるなんて、なんだか運命的です。

本妙寺や、細川家、ガラシャ、宮本武蔵まで!同時に行ける施設もたくさん

熊本城は熊本市内にあります。
立地的に、バスセンターからすぐ!
そんなわけなので、近所にも見どころはたくさんあります。

清正のお墓がある本妙寺。
加藤家が去った後、熊本城を受け継いだ細川さんの家の資料館。
そしてその細川家のヒロインはあのガラシャ!
さらに、細川家が雇った剣豪、宮本武蔵!

知ってる名前、あったのではないでしょうか?
お城と一緒に、その人たちの史跡も堪能できるんですよー!
1日では足りないかも知れませんね!

復活していく城が見れるのは今だけ!


こちらは2017年7月の様子。

さて、これは今現在限定の見どころです。

熊本地震で熊本城がダメージを受けた事は、皆さんご存知だと思います。

地震が起きた時、私の家も揺れました。
その時、熊本の被害が深刻だということで、とても心配しました。もちろん、お城についても。

何度目の地震の時か忘れましたが(それほどよく揺れていました)夜中に揺れた後、宇土櫓が心配で何度もネット検索していた事を思い出します。
(その時、天守はすでに相当のダメージを受けていました)

その後、熊本城に行った時に見たのは、復活していくお城の姿でした。
私はそこで城主になることで、熊本城の復活に少しだけ貢献させていただきました。

熊本城は絶対復活すると、私は思っています。
熊本城は素晴らしいお城です。
見捨てられることはありません。

だからこそ、今のうちに見ておきましょう!
復活したら、もう工事中の熊本城は見れないですよ!

再建中の熊本城櫓
もう見れなくなってしまった景色のひとつ。「奇跡の一本石垣」と呼ばれた飯田丸五階櫓(現在は解体済み)。

高く高く伸びていく工事中のスカイツリー、今見れますか?
もう見れませんよね。
あの時、あの場所でスカイツリーを見上げた人だけが見れた姿なんです。

熊本城も同じ!
もちろん、上記で紹介した見どころは、見れないものもあるかも知れません。
ですが、崩れた石垣も、並べられた石たちも、今しか見れません!

それを見て、想像してみてください。

400年前、この状況からどうやって石垣を並べたのか。
どうやって、城を立てたのか。

加藤清正になったつもりで妄想してみてください。
加藤清正ごっこをしてみるのです。

それって、めっちゃ楽しいですよ!

まとめ

熊本城がいかに素晴らしく、見どころが多く、そして素晴らしい城か…
少しでもわかってもらえていたら嬉しいです。

私は熊本城のまわし者でも何でもないですが(笑)
それだけの魅力が、あの場所にはあるんです。

ちょっとでも興味を持ちましたか?
行きたくなりましたか?

では、あなたの家から熊本までの交通機関と、一番近い休日の予定を今すぐ調べましょう!

let’s go!熊本城!

私もまた行こうっ♪

熊本城公式サイトはこちらから!
【公式】熊本城 – 熊本市観光ガイド