手ぬぐい

藤堂高虎の遺訓から学ぶ、戦国武将の身だしなみ【手ぬぐい編】

藤堂高虎は200ヶ条もの遺訓を残しています。

信長の時代から江戸時代初期までを駆け抜けた生粋の戦国武将から、当時の武士が服装に関してどんな気を使っていたのか紐解いてみましょう。
と言っても、多分に私なりの解釈が入っておりますので、正しさについては保障できませんのでご容赦ください。

今回は、手ぬぐい編です。藤堂高虎と言えば手ぬぐい!みたいになったのは、この遺訓と某ゲームのせいです(笑)

また、遺訓の原文については「藤堂高虎公と遺訓二百ヶ条」から引用しています。
訳文はそれを元に、私の方で解釈を加えたものを掲載しています。

手ぬぐいに関する遺訓

まず、普段からしっかり手ぬぐいを持っていることが前提の遺訓です(笑)

第59条
急に走り出る時三尺手拭はなすべからす大小指様有之刀をぬく共鞘落さる様に心得有事なり

急に走り出すときは、三尺手拭いを離すな。刀は指し方がある。刀を抜いても鞘を落とさないようにする方法がある。

よく、急に走り出す時の事を遺訓に残している高虎さん。そんなに走る時があったのかな。
とにかくいつでも三尺手拭いを持っておけ。理由は、刀を抜いた時に鞘を落とさないようにする事ができるから。
で、そのやり方については残していない…どんなやり方なの…?
単純に考えると、鞘に結んでおくのでしょうか。手ぬぐいは万能ですからね。


第179条
閙ケ敷時足袋をはくへからす雪踏は不及申厚着すへからす胴服は可着自然着共とうぶくの上に三尺手拭帯にすへし心持あり

いそがしい時は足袋を履くな。雪踏はいうまでもない。厚着するな。胴服は着ろ。そのときは胴服の上から三尺手拭いを帯にすれば良い。

閙ケ敷とは、忙しい時、という意味だそう。
足袋とは現代でいう靴下のようなあれです。雪踏は下駄のようなもの。
違いはこちらのサイトが詳しいです。▼
下駄と雪駄と草履の違い―下駄コラム―丸屋履物店

さて、という事は足袋や雪駄はダメでも、草履はいいという事でしょうか。
厚着するなと書いてあるので、恐らくは冬の話でしょう。冬に裸足はキツいですね…。
今の価値観なら、足袋は靴下、雪踏はブーツ、草履は運動靴と考えるなら、靴下やブーツ履いてる暇があるなら運動靴でシャキシャキ動け、と読み替えられそう。

さて、胴服とは羽織りの事のようです。上着は着ても良いぞ、と言ってます。
で、その時に三尺手拭いを帯にしろと。

恐らくなのですが、「藤堂高虎の遺訓から学ぶ、戦国武将の身だしなみ【帯編】」の所でも触れましたが、腹まわりに巻けと言っているのでは。
二重腹帯と同じ要領…つまり、腹を冷やすなと。足元冷えても腹は冷やすなと。そういうことかな。
手ぬぐいは帯の代わりにもなります。なんたって万能だから。


第181条
切合ふべきと思ふ時體巻すへからす但くさり手拭ならはむすひめをかけ結ひにかたくむすぶへし

斬り合う時、鉢巻きはするな。ただし、くさり手拭いなら結び目をかけ結びにして、かたく結べ。

“體”でからだと読むそうで。體巻を鉢巻きと「藤堂高虎公と遺訓二百ヶ条」では訳していました。
鉢巻は今我々が想像するいわゆる「ハチマキ」の事と思って良いのだろうか…

中世(鎌倉中期以降)において武士が戦闘の際に着用した鉢巻は、烏帽子の上から鉢巻を締めてその上に兜を被っていた。 後に足軽などの簡易な戦闘スタイルとなり、額を割られないための額金を付けたものが出現した。

Wikipedia

後半の額を割られないようにするためのってのは、NARUTOがやってるアレを想像するといいかも知れません。忍者がよくやってるアレですね。るろうに剣心の志々雄真実はあれのお陰で命助かってましたね。

鎖手ぬぐい、とは鎖帷子の?事で、実はこれは他で言っている布の手ぬぐいではありません(けど手ぬぐいの項に入れちゃった)。

日本でも鎖帷子は重宝されていた。戦国時代には武将など上官職が甲冑の下に着込みとして用いたほか、諜報活動に従事する忍者が薄手の鎖帷子を身に付けることがあった。また、江戸時代には街中での小規模の抗争や取り締まりなどにも防具として鎖帷子が用いられることがあった(捕具#防具)。新撰組なども鎖帷子を着用しており、ところどころを革や金属で補強したパーツと組み合わせて使用していた。

Wikipedia

しかし、「江戸八百八町物語」という本に書かれている文章を読むと、正確には鎖帷子とは別物っぽい?
ここら辺、知識が無くてどうにもできません…もっと勉強しなければ。

とにかく、ここでも帯と同じように「かたく結べ」と言っているので、結び目が解ける事は相当恐ろしい事だったのでしょうね。


第186条
急なる追かけ者の近道あり両方はかけにて細道なり此時三尺手拭我か首にかけ下りたる両端を両手に取引はり其はり合にて足早に行は心易く通らるる物なり一ツ橋も同前自然三尺手拭無之時は刀の下緒にても縄ぎれにても同事なり

急な追いかけ者で近道があっても、両側が崖で細い道の時には、三尺手拭を自分の首にかけ、その両端を両手で引っ張り、その張り合いで足早にいけば簡単に通ることができる。一本橋も同様だ。もし三尺手拭いがない場合には、刀の下緒でも縄ぎれでも同じようにできる。

高虎さんまた急に走ってる…急に走るシリーズでまとめようかな(笑)

これは細い道の上を走ることを言っているから、バランスを取るために引っ張れと言っているのかな。
多分、横に広げる形。綱渡りの時の棒の役割だと思う。

別の遺訓で「刀の下げ緒は長くしろ」という遺訓があるのですが、それはこのような時に役立つからなのでしょうね。
確か忍者も、刀の下げ緒は長くするんですよね。そういう忍術があったはず。
当時を生きる人たちの知恵ですね。

遺訓から学んだことまとめ

藤堂高虎流、手ぬぐいの使い方
  • 手ぬぐいはいつも持っておくこと
  • 急に走り出さねばならない時でも、手ぬぐいは手放さないこと
  • 寒い時は胴服の上から手ぬぐいを巻くこと
  • 細い道を通る時は、手ぬぐいを使用すれば早く走れる

藤堂高虎公と遺訓二百ヶ条を読んでみよう

藤堂高虎さんの遺訓は、面白いことがたくさん書いてあります。
伊賀上野城の公式Webサイトから遺訓集を購入できます。他にも逸話など色々掲載されていてとても良い本です。
文字が大きめなのでお年寄りでも読めると思います。
私は文庫版を持ち歩きたいくらいです(笑)

是非是非、買って読んでみてください。

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